2025.5.6 福島への旅の記録

福島の海沿いの町を旅してきました。

先ずは富岡町へいきました。

富岡駅から歩きうしお橋をわたり、第二原発が目視できる海岸へ行きました。

 

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写真中央奥に見えるのが第二原発の建物です。


第二原発は爆発事故を起こした第一原発とおなじく、津波災害を受けましたが、なんとか人力で電源を供給できたそうで事故は免れたという場所です。

 

うしお橋の近くには慰霊の石碑がありました。
津波では亡くなった方だけでなく行方不明になった方も多かったことを思い出しました。
そして石碑の近くにはたんぽぽが凛と咲いていました。
津波で失われた尊い命や、建物や、ふるさと
あまりにも失われたものが大きいけれど、全部が全部、無くなったわけではないのかもしれない、と、たんぽぽをみて思いました。

 

 

富岡駅からjr常磐線に乗り、双葉へ行きました。

双葉からシャトルバスに乗り、福島県が運営している伝承館へ行きました。

 

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震災の時刻で止まった時計と、津波到達時刻で止まった時計。伝承館2階の展示より

 

伝承館では展示の途中から、頭の中がぐちゃぐちゃになって号泣してました。
双葉町へ行くまで、何にもわかってなかったです。わかってはいたけど、知識として知ってはいたけど、何も知らなかった。実感がなかったです。
福島で起きていたこと。原発事故のこと。

ふだん何にも考えずに日常を送っている。それは当たり前ではないこと。そのことをすっかり忘れてる自分に対して情けなくなり、泣きました。

 

伝承館の語り部の方の話もよかったです。
リアルな正直な声でした。
本当は、自分の語彙力のない言葉で福島のことを書くのは、ちょっと...と思っていたけど
語り部の方がいうには
語り部になりたがる人が増えない。理由は、みんな傷ついているから。だから、この話を聞いたあなた方が周りの方に伝えて新たな語り部になって。といってくれていたので、書くことにしました。

伝えてくださってありがとうございます。

 

 

双葉の後は、少し離れた町にある、民間がやっている「おれたちの伝承館」へ行きました。

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おれたちの伝承館 入り口

 

そこでも泣いてしまいました。絵の中ではいつも(一緒に避難できずに)別れた愛犬を抱っこしてあげるんだ、別れた時だっこできなかったから、という絵。薬局のレジ袋を繋いで、自死した102歳のおじいさんをモチーフにした詩。
3.11が近づくと、花なんて咲かない、そんな歌を聴かせるなと思いトゲトゲした自分になる、という詩。 


富岡町でたんぽぽを見て全部が全部なくなったわけじゃないと思った自分に突きつけられてるようで、つらくなり、でも来れて良かったという思いで、知ることができて良かったと胸がいっぱいで、放心状態になりました。

 

 

人の苦しみというのは、いくら見聞きしても、完全にわかることはできないのかもしれない。
同じ目にあって、当事者にならなきゃ、わかることはできないのかもしれない。

それは私がかかえる苦しみもそうだし
被災者の苦しみもそうだと思った。
だからこそ、苦しみは比べるものではないのだと、おもった。

知識として知っていても、わからなかったこと。知らなかったこと。
それを、すこしでも触れることができて、よかったです。